忘れられない人

スポンサーリンク

あぁ、クリスマスだねぇ。

中央公園のイルミネーション、毎年見てるけどやっぱり綺麗。

一緒にいる人が撮ってくれたんだけど、「こういうの、(インスタとか)投稿せんの?」と訊かれて思わず「あぁ、いや、そこまでは」と言ってしまった。

……するんだけどさぁ(笑)。

こういうとき、素直にスマホを向けるほうが可愛げがあるんだろうね。

 

これも昔の話なんだけど、私のことを愛してくれた男性がいた。

年上で、優しくて、イケメンでモテて、本気で「どうしてこんなデブスな私と一緒におりたがるがやろう」と悩んだことがある。

「友達」なので、体の関係はナシ。本当にホテルに誘われることもなく、それが余計に不審だった。

いや、デブスでも体が目当てならね、まだ納得するわけよ。

それもナシで、何で私なんだろう。この人にどんなメリットがあるんだといつも考えていた。

夜は会わない。いつもデート?はランチだった。

良いお店を知っている人だった。最初は若い子が好きそうなカフェなんか提案してくれていて、「あーやっぱり連れていき慣れてるんだろうな」と思っていたんだけど、私が人の気配が少ないところが好きと知ってからは、古民家風の静かなお店やちょっと郊外の落ち着いたところを探してくれるようになった。

ご飯を食べて、ドライブして、話をして終わり。

後で知ったんだけど、彼は私のことがずっと好きだったそうだ。

コンビニで、ガムをひとつ買った私が店員さんにありがとうございましたと笑顔でお礼を言った。

たったそれだけで好きになったそうだ。

「は!?」

数年後それを聞いたとき、思わず声を上げていた。

手にしていたのはローソンのカフェラテ。彼は冬なのにアイスコーヒー。

意味がわからない。

「いや、普通やん。私の周りみんなそうやけど?」

と言うと、

「普通やないって。どうしてこの子は笑うんだろうって不思議やった」

と彼はストローを噛みながら答えた。

それから、お店での振る舞いなどが丁寧なことを指摘してくれたけど、どうにも解せなかった。

そんなもんなのか。男って。

「何処に行っても楽しい」

と言ってくれていたのは、それが理由だったのか。

じゃぁ。

どうして手を出さない。

私は私で、彼とどう対峙して良いか迷い続けていた。

毎回おごろうとしてくれるけど、それは嫌だ。お会計の前にテーブルで私の分を渡すと「いいから。コーヒー買ってよ」といつも受け取ってくれなかったが、正直それも心苦しいだけだった。

なぜ、対等に扱ってくれない。

確かに私のほうが年下だし、稼いでいる額も開きはあるだろう。でも、「誘ったほうが払う」なんてルールを持ち込むのは嫌悪するし、一緒に過ごしてくれるなら、負担は同じが良いのに。

それを言うと、

「投資だよ」

と笑顔で返された瞬間のことを、今でも覚えている。

「かおりさんとの時間にお金を使っても俺は損を感じないから」

投資。

その感覚はわかる気がした。

私も、出しても損じゃないと感じる人のときは払う。確かに、それはふたりの時間に対する投資だと思う。

ただ、それを女性の前であっけらかんと言ってのける姿には、これまでも何度か口にしてきたんだろうなとどうしても思ってしまうし、次に私から「ありがとう」という言葉が返ってくることもまた、予定調和なんだろうなと。

そんな気がした。

彼と会うのをやめようと思った。

理由はひとつ。「投資」の対象にされるのが嫌だからだ。

彼のことを好きになりかけていた。いや、もう好きだったと思う。自分の中にひねくれた感情があることに気がついたとき、初期症状が始まることを自覚できた。

だから。

きっと、これから私は彼に向かって

「今まで何人の女の人に『投資』してきたの?」

「それで何人と付き合ってきたの?」

「これまで最高でいくら使った?」

など、嫌味を言うに違いない。

彼が閉口するであろう嫌味を。

要は、これまでの女性と同じにされるんだと、一方的に、勝手に、決めつけてしまったのだ。

「これからは、割り勘にしてくれないなら会いません」

とメールしたのは、彼の思い通りにされるのが癪なだけだった。

彼は困っただろう。「今まで通り」にいかない女とわかって、面倒になっただろう。

こんな、くだらないプライドを見せてくる女など、慣れた男からすればアホくさいだけだ。

だが。

彼は速攻で返信してきた。

「わかった。じゃぁ明日須崎までどう?」

須崎には、私の大好きな鍋焼きラーメンのお店がある。そこに誘われたことはわかったが。

「……」

当時まだガラケーだったけど、その返信を見ながら私のほうが困惑した。激しく。

……いいのか!?

まだ会うのか!?

あなたは一体、何を考えて私を誘うんだ!?

そして気づく。

彼に好かれたい。「好きだから誘うんだ」と言われたい。

あぁ。

これが彼の「策」だったのか。

 

彼が私に初めて手を伸ばしたのは、クリスマスだった。

郊外に有名なイルミネーションがあるから、と私が誘ったデートだった。

その日はイブだったけど、あえて触れなかった。「ご飯はラーメンでいいよね」なんて、私のほうから防御線を張った。

彼はただ「うん、わかった」とだけ返してきた。

でも、内心で寂しく感じているのはわかっていた。

彼が私のことを好きなことは、もう知っていた。それでも、私はまだ自分から彼に欲しいと伝えることができずにいた。

彼が運転席でハンドルを握る手を私の右手に滑らせてくるたび、全身に力が入る。

横顔を見ることができない。窓を向くと彼が映るからそれもできず、体を固くしたままひたすら前だけ見ていた。

マフラーを忘れた日は、自分が巻いているものを私にかけてくれる。

渡してくれればいいのに、わざわざ正面に立って「はい」と広げる。私はその顔を見ないように首を傾けたまま、黙って彼の手の動きを感じていた。

その手が、頬に触れる。無言で。私の呼吸が止まる。

「……」

きっと、気がついていただろう。

素直になれない私の心に。自分に流されないように必死に踏ん張っていることに。

体の奥底で、自分のことが欲しくてたまらない私に。

だから、目を合わせない私を一度も邪険に扱うことなく、最後まで大切に触れてくれたのだ。

クリスマスの予定だって、一度訊かれていた。「誰かと約束あるの?」と。

それを、「うん、まだわからないけど」と曖昧に返してしまった私は、揺れていた。

「一緒にいたい」

どうしてたったこれだけが言えないんだろう。

クリスマスを一緒に過ごすって、恋人みたいで悲しいなと私は思っていた。

中途半端な関係を続ける自分たちが過ごすのは、何だか雰囲気に負けた気がして。

彼は誘いたかったのに。「一緒にいよう」と、きっと私が望む言葉をくれただろうに。

それを受け止めることが、怖かった。

 

イルミネーションは綺麗だった。

駐車場から気づいてはいたが、周りはカップルだらけだった。

そりゃそうか、クリスマスだもんね。

どの恋人たちも、幸せそうだった。可愛らしい格好をした若い女性たちの姿を見ていると、自分も同じように普段より気合を入れてメイクしたことを思い出してしまって、ちょっと後悔した。

なんだこれ。これじゃまるで。

……まるで?

居心地の悪さを感じた私は、はしゃげなくなった。

滝を模した光の粒はとても綺麗で、見ているだけでテンションが上がる。でも、それを口にすることも恥ずかしかった。

浮かれている自分なんて。

彼の目にどう映るんだろう。

彼はいま何を考えているだろう。

黙って歩く私を、きっと不審に思っているに違いない。

そんな、またひねくれた気持ちが湧いていた。

そのとき。

「寒い?」

立ち止まった私に、彼は振り返ると腕を伸ばした。

何も答える隙がないまま、私の手は彼に掴まれていた。そのまま彼のコートのポケットに突っ込まれる。

思わずぐらついた体が、彼の腕に触れた。

流れてくる、いつもの香水の香り。

あぁ。

泣きたい。

「あっちにも何かあるみたい」

そのとき、彼の声が緊張していることに気がついた。

普段感じたことのない硬い響きのある声は、低くて。掴まれたままの手は痛いくらいの力が入っていて。

「……」

胸がぐぅっと熱くなるのがわかった。

この人は。

私のことを。

そのまま彼のコートのポケットで手をつないだまま、無言で移動した。

そこには何もなかった。知っていた。

周りに人の気配がないことを、たぶんふたりともちゃんと確認したはず。

立ち止まると、彼はポケットから手を出した。

汗ばんだ自分の右手を、冷めた左手で握った。あのときの熱を、今でも反芻できる。

顔を上げることができなかった。

目を見るのが怖い。きっとこわばった顔をしているはず。これまで何度か目にした、思いを飲み込む瞬間の、あの眉根を寄せた奥にある瞳を見たら、私は。

明かりのない中で、彼も私の表情を知ることはできなかっただろうけど。

彼は無言だった。

風の音がした。頬の熱を今さら感じた。

彼の足が動いた、と思ったら、次の瞬間に彼の胸の中にいた。

「あぁ」

声が出た。

手は勝手に彼の背中に回る。彼のつけているグッチの香りが溢れた。

「はぁ」

私の肩で、彼が大きく息をつくのが聞こえた。

いま思い出しても、なんて自然だったんだろうと思う。

初めての抱擁は、何の違和感もなく私の全身を熱で満たした。

頭が麻痺していた。重たくて速い心臓の鼓動が聞こえるが、どちらのものかわからない。

彼が私の名前を呼んだ。

彼の腕に力が入る。あぁ、ファンデーションがセーターに付いてしまう。そんなことが一瞬よぎったけど、それより息が止まる苦しさに我に返る。

「好きだ」

彼の声はかすれていて、とても小さかった。

足が震えた。

 

「まぁ、何か高校生みたいやったね」

ニンニクの入った瓶を戻しながら彼が言う。

「ほんまにねぇ、あぁ恥ずかしい」

彼の丼にメンマを移しながら、私は湯気の向こうの彼を見る。

「で」

いただきます、と手を合わせる。

「何人目だったんですかね?」

彼は笑って箸を持つ。

ふたりでラーメンを食べる時間は、もう何十回目かわからない。

別れた後もこうして会える幸せを、しみじみありがたいと思う。

「忘れられないヒトですよ」

「あ、そうやってごまかすんだ」

これは記事に、と言うと「やめて」と睨まれる。

忘れられない人。

私は結婚して、子どもができて、フリーランスとして仕事を始めて。

彼は離婚して、子どもさんは独立して、勤務は「定年」という言葉が近づいてくるころになって。

会えば割り勘でご飯を食べる。

今も会うのはお昼だけ。夜は会わない。

こんな年季の入った付き合い、そう手にできるものじゃないのかもしれない。

もちろん、連絡が途絶えた期間もあった。

めまいがするような幸せも、胸が張り裂けるような苦しみも、いっぱいふたりで味わった。

別れてから、お互いに存在が落ち着くまで何年もかかったのは確かだ。

それでも。

残ったものがあたたかい愛情であるのなら。

私たちにしか持てない形があるのなら。

それをふたりで選べるのなら。

いいじゃないか、こんな「特別」も。

 

クリスマスになると、たまに彼のあの声を思い出す。

「まるで漫画みたい」

と共通の感想を残した、あの時間の止まる熱。

私は息ができなくて本当にめまいがしたんだっけ。

好きだからこそ手を出すことを必死に我慢していた彼の、あの力。

これからもずっと、私の中で優しい思い出として生きていくのだろう。

こちらもオススメ(一部広告含む)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください