そらもう何たってドニー・イェンのお茶目な姿にしびれる二本。
このたたずまい。
この無表情。
どこまでも崩れない鋭い視線。
口元にうっすらと漂う笑みがもう人間性のすべてを物語っているような。

カンフーのキレはわざわざ口にするのも憚れるくらいかっこ良くて、どのシーンも隙間なく「詠春拳」の凄さを教えてくれる。
敵から視線を逸らさず、常に脇を絞め、最小限の動きで相手を倒していく姿は、スタイリッシュだけど迫力のある姿で美しい。
面白いと思うのは、ドニーさん演じるイップ師匠がほんとに家計に疎いこと。
いや、家計に疎いというか、自分の生きざまに金勘定は関係ないというおおらかさ。
「序章」では、日中戦争が始まるまではでかい家に住み、仕事もせずに悠然と暮らしている。好きな時に稽古をして、好きな時に食事して、煙草をくゆらして、 のんびり過ごしている。で、そんな雰囲気のまま戦後は貧窮してしまうが、子どもに「どうしてお父さんは稽古しないの?」と訊かれ「稽古をすると腹が減るか らしないんだ」とあっさり答え、「生活」に対する執着のなさが分かる。
実際金がないと生活出来ないわけで、炭鉱で働くシーンもあるんだけど、イップ師匠がカンフーではなく労働で汗を流す貴重な場面。
「葉問」でも、妻から「稽古代を取ってよ」とせっつかれるが、弟子たちが金がないと分かると「今度でいい」とわずかなお金も返してしまう。レオンたちに、まず「稽古代をもらおうか」なんて笑顔で言っていたが、やっぱり自分の生活のことは顧みていない。
こんな夫が大黒柱なんて、奥さんの苦労は並大抵じゃないと思うんだけど。「葉問」では次の子を妊娠してさらにお金がかかるのに、ちっとも稼がないイップ師匠。
でも、最後まで観ていて思ったんだけど、イップ師匠は「食うために」誇りを失うことを一番恐れているんだよね。
「序章」で、偉そうな警官をしていたくせに敗戦後は日本軍の通訳になったリーを「裏切り者」と殴るシーンがあるんだけど、何よりも同胞を大切に思うこと、根底にある誇りの高さが、イップ師匠の気高い精神を支えている気がする。「家族」というテーマを強く感じた。
それはイップ師匠だけじゃなくて登場する人たち皆に言えるんだけど、生活のために日本軍に寝返る、生きるために警察署長に媚を売る、でも心の底ではやっぱ り中国人として互いに応援している。イップ師匠のように超然とは出来ないけど、逆にイップ師匠には出来ないことがたくさんある。そういう全てが繋がる底 に、家族愛みたいなものがある気がする。
あの「線香」の意味。
「常に謙虚であるべき」と言うイップ師匠の強さは、ただひたすらにそれだけを思い、それだけのために、余分なものを削ぎ落とした純粋なものがある。
それが、イップ師匠のカリスマ性なんだと思った。
皆、そんなイップ師匠の静かな情熱に引きずられている姿がいい。
「序章」の、あの工場の皆が稽古するシーンとか、それからカム一味と戦うとことかもすんごい好き。身を守るためにカンフーを覚えるんだけど、付け焼刃でチ ンピラどもにかなうはずもなく、やっぱりやられちゃうんだよね。女性とか普通に正面から殴られるシーンがあるけど、それでも両腕振り回して向かっていく姿 とか、どん底にいても卑怯者には負けないという力強さがある。
このカムは、序盤でイップ師匠に挑んで散々痛い目に遭った挙句、工場でも皆に反撃されて尻尾を巻いて逃げだすんだけど、「葉問」ではとってもいい奴になっていて、その変身ぶりも説得力がある。
「あの時、あんたに殴られていなかったら何をしていただろう」と明るく笑う姿に、とげの抜けた人間らしさを感じることが出来る。
どちらかというと無表情で、あまり喜怒哀楽のないイップ師匠とは対照的な周りのこういう姿が、鏡のように人間同士の絆を映している。
で、生きるためにじたばたしている周りとのギャップもお茶目なドニーさんなんだけど、「葉問」では、同じように中国武術の誇りをかけてボクシングチャンピオンに挑むサモ・ハン・キンポーの姿がすんごい良かった。
サモハンさんは最初から徹底した悪役ではないんだけど、この人も門下生や家族を養うために苦労していた人。イップ師匠とは逆にいろんなしがらみに縛られ、でも誰よりもイップ師匠の気持ちを理解していたと思う。
そりゃ確かにどっかの映画のパクリとか色々言われても仕方ないラストかもしれないけど、それでいいんじゃないかなぁ。別に中国万歳!じゃないし。リングでの言葉も重みがあるだろうけど、私にはその後に家族の元に走っていくイップ師匠の方が印象に残る。

しかし・・・・あのマシンガンパンチのカタルシスはハンパない。たまらん。
ぽかぽかやる子どもの喧嘩じゃないのよね。ドスドスと刃を突き刺すような激しさが恐ろしい。そらツイスターもあんな顔になるわ。
サモハンさんの素晴らしいカンフーをこんな映画で再び観ることが出来たのも嬉しい。いくつになっても力強い拳に感動する。
人に勧めたくなるカンフー映画。ドニーさんの真っ直ぐな視線が忘れられない。
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