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ブログを読んでくださった40代の女性からメールをいただいた。

それでもやっぱり自分の心を自分で持ち上げる作業は苦手で…。
『愛されたい』病がムクムクと出てきます。
その時はいつも自分の本音は何なのか自分に問う様にして軌道修正しようとして、、、そしてその繰り返し。
まだまだ状況に一喜一憂されてしまう私です。

偉そうに自論をぶちまけているけど、私自身が先日までひどい自己欺瞞で生きていて現実を破綻させ、この「軌道修正」をはかっているところ。

自分の本音を知ったところで、それに従ってすぐに行動できるほど、人は強くない。
私にはこの視点がなかった。

メール、本当にありがとうございます。

歪んだ自己愛ではなく自分で自分を持ち上げるって、難しいよね。

どこを褒めればいいかわからない、自覚できる長所はあるけれど独りよがりかもしれない、それより「ダメだった自分」「失敗した自分」が強く出ると、どうしてもそっちに引っ張られてしまう。

だから「愛されたい病」が出る。

手っ取り早く自己肯定感を上げるのがそれで、「受け入れられる自分」が見えたら安堵する。よくわかる。

で、そこで立ち止まって

「本当は自分はどうありたいのか」
「どんな状態が自分にとって幸せなのか」

を考える胆力がいるんだけど、知ったところでそこに他者がいる限り、今度は「叶うか叶わないか」「叶わなかったときにどうすればいいか」の葛藤が生まれる。

結局、どこまでも「人に愛される自分」にこだわってしまうので、軌道修正するならそこからだよね、状況に一喜一憂しない自分がほしいと思えば、(本当にしつこいけど)「自分を好きになる」ことが欠かせない。

私はね、こんな自分でも大好きだと言えるんだよ。今でも。

心の出来が悪くて人を大事にするフリばかり、「情が深い」「根が真っ直ぐ」と人が言ってくれてもピンとこず、「飾らないところが魅力だ」と言ってくれた男性の言葉は全否定して、自愛だなんだと言いながら結局自分を騙して「どうありたいのか」を見るのを避け続けたけど、それでも、私が私を諦めてしまったら、もう誰もいないんだ。

私を幸せにできるのは、私しかいない。

だから、「自分の幸せは自分で決める」がモットーだ。

愚かだろうと醜悪だろうと、人から疎まれようが恨まれようが、自分を諦めることだけはできない。

それを支えてくれるのは記憶。

機能不全家族で私の存在を無視し続けた人たちではなく、過去に私を大事にしてくれて慈しんでくれて、「愛してる」と言ってくれた人たちが、私の底を支えてくれる。

必ずいるんだよ、子どもの頃でも学生時代でも、大人になってからでも、自分の良さを認めてくれた人って絶対いるでしょ。

そこは疑わなくていい、その人から見た自分を素直に受け止めていればいい。
「でも」「だって」じゃない、そう見えたのは事実なんだから。

自分を騙そうとすると、こんな人たちの気持ちまでないがしろにするんだよ。

そこに気がついてぞっとした。

私は、過去に大好きで私を大事にしてくれた人たちまで、自分から「見ないフリ」をしていたんだと。

自己欺瞞はまっすぐ自分を不幸にする。
現実を歪めているのは紛れもなく自分の選択であって、すべて自業自得であって、逆にいえば、「受け止めるべきもの」さえちゃんと掴んでいれば、本音を正しく知ろうとする勇気がもらえる。

人からの好意や善意を疑ってはいけない。

それは謙虚ではない、欺瞞と卑屈でしかない。

恋愛はまた違う話だからね。
恋愛感情の好意は「受け止めていいもの」と「下心や思惑があって出るもの」を分けないといけないから。

「愛されたい病」が出たときほど、これが見えなくなるから異性に心を預けるのは危険だと思ってる。

他者から愛されるのって、たぶん自分を好きになることより難しいよ。

奇跡に近いでしょ、好きな人が自分を好きになってくれるって。

自分ではコントロールできない相手の感情をこちらに向けるって、相当の努力がいるよ。

自分を好きじゃない人が人に好かれたいって、矛盾してるでしょ。

好かれたければ、どうしたってまず自分になるんだよ。

人は鏡だからね。

本音を知っても、その前後には葛藤がある。

抑圧されている思いは何か、受け入れたいけど目をそむけたいのはなぜなのか、渇望と嫌悪が繰り返し襲ってくるのは何が原因なのか。

何が自分を弱くしているのか。

ここまで見ないといけない。
しんどいし苦しいし本当に気が滅入るけど、それでも、その自分こそまず愛してあげないと、軌道修正もできない。

だからね、過去に大事にしてくれた人をね、思い出してほしいなと思う。

弱い自分がいる一方で、そんな自分が人から愛されたんだよって事実も、セットで持つのが健全だよ。

正しく軌道修正していくためには、正しく本音に従うためには、「こんな自分でもいい」と思うためには、他者を否定しないこと。

私は先日、ある男性に

「私はあなたのいいところを知っている。

何があってもそれは変わらないし、覚えておいてほしい。

自信を持ってほしい」

と言い切った。

事実であって、人から認められた記憶が自信を作ると知っているから。

その人が自分の心を持ち上げたいとき、こんな記憶がきっと役に立つ。

良いところは伝えていかないと届かない。

他者ときちんと境界線を引けば、いいところを認められる。

「人を認められる自分」が背負う背景を強くしてくれる。

こういう姿勢もね、軌道修正のときには助けてくれるんだよ。

自分を好きになるってそういうこと。

状況に一喜一憂してしまうのは仕方ない、心が傾くのは当たり前、迷いも葛藤も消えないのは本音の結末を掴む勇気がまだ育っていないだけ。

それでも、「問い続ける」のが正しく自分を観ることで、等しく他者の気持ちを受け入れる器も、作っていけると思ってる。

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