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先日の「空気を読めない男性」と「自己完結で終わった片思い」の話でも書いたんだけど、空気が読めない、デリカシーのない発言で相手の気持ちを萎えさせる人って一定数いるのは知っている。

本当に自分のことしか頭にない、聞いてほしいでいっぱいになる人もいる一方で、「あえてそういう発言をして相手の愛情を試す」という場合もある。

聞かされる相手が悲しむ、苦しむことは理解しているのだ。

自分だって、逆の立場だったら憤慨するだろうとわかっていても、そうしたくなるのだろうと思う。

たとえば先日のケースなら、「片思いをしている自分を知った上で追いかけてくるかどうか」を見たい、という感じだ。

執拗に「別の女性に熱を上げている自分」をアピールし、そこに相手の意見を求め、反応を探る。

自分を好きだったと言っている相手に対して、その場ですぐ自分の片思いの話を聞かせるなど、よほど自己愛性が強いか嫌がらせか、何にせよ普通の感覚ではできないのだ。

話を聞いていて「いくら何でも今じゃないだろう」と違和感を覚えたのはそこで、思いやりのある人ならまずやらないだろうそんな振る舞いができるのは、依存の兆しなのかもなと思った。

この男性が忘れているのは、そんな自分を見れば相手の好意が萎えていくだけでなく、悪い印象を持たれることだ。

人が向けてくれる好意を簡単に踏みにじる人間性を見せながら、「片思いしている人とうまくいきたい」と口にできる異常さに気が付かない。

だから、こういう人は「それでも自分のことを好きかどうか」を試しているのかもな、と思った。

待っているのは

「それでもあなたのことが好き」

という言葉で、見たいのは

「求められる自分」

で、それを引き出すために露悪的なことをしてしまうのだ。

実際にこんなケースは多くて、

「別れたけど復縁したい相手からやり直したいと言われて、本当にそう思っているのかどうかを知りたくて別の異性と仲良くしている話をして逆に嫌われてしまった」

なんて話はいくつも聞いている。

そのときは、そんな自分が相手にどう映るかなど、考える余裕がないのも事実なのだ。

好かれていてうれしい、ありがとうと思う、でもそれを受け止めることにためらう。戸惑う。
先日のケースなら「自分はこの人に片思い中だと話してしまった事実」があって、だから相手は自分への愛情を過去にしたのであって、今の状態にどう向き合えばいいのかわからず、まさに葛藤で頭がいっぱいだったのかもな、と。

自分も本当にその人のことが過去になっているのなら、ただ感謝の言葉を述べて会話を終わらせることができるのだ。

わざわざ「今の片思い」の話をする意味はどこにあるのかを考えたとき、本当に自己愛だけなのか、それとも「これを聞いた上で追いかけてくるのを見たい」が本音なのか、人って難しいなあと思った。

どちらにせよ、相手はつらい気持ちを抱えて終わる。
その現実を知らない。思いやることができない。

やっている側は、「だって自分を好きだったのはもう過去なんでしょ」という言い訳ができる。

「だから今の自分の片思いの話を聞かせてもいいでしょ」と言える。それでそっちが傷つくのはおかしいでしょ、と。

こうやって相手を気持ちをいっさい見ない。

弱い人によくあることで、どうしても「求められたからそれに応えたという形」にしなければ不安なのだ。

自分から求めて応えてもらう、という恋愛をもし経験していなかったら、怖いのだろうなと思う。

先日のケースで「二人についてのその後の話がいっさい出なかった」のもその現れで、”自分の片思いの話を打ち明けられるほど心を許している”姿を見せながら、これからも縁を続ける提案はできないのだ。

相手から求められない限り、「その人の近くにいていい自分」を存在させられない弱さ。

0か100か。

極端な白黒思考もあるんだろうなと思った。

「自分への愛情が過去なら、もうあなたはいらない」
「自分に関わるのなら、100の愛情であってほしい」

こんな願い。

グレーゾーンは心が不安定になるから、曖昧なつながりに耐えられないのだ。

その男性のことを知らないのでどこまでも想像でしかないけれど、デリカシーのなさは「追いかけてくるかどうか」の裏返しなんだろうな、と思った話。

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